限りなくブラックに近いレッド。

基本、火曜日更新。

違和感の正体。

以前から気になっている写真集があった。

美しい光景を集めた写真集で、それを見た人は何故か運気が良くなるとも。

購入を検討したのは一度や二度ではない。

心は動いていたし、その気になれば会計を済ませることは容易だった筈だ。

けれど、ブレーキがかかる。

その理由は解らないし、今後もそうだろう。

ただ、スピリチュアル関連の書籍が並ぶ棚に違和感を覚えたのは事実だ。

胡散臭いとまでは言わないが、あまりに種類が多くて、どれを信じれば良いかが見えてこない。

これでも精神世界に対する関心は人一倍強い。

セミナーに参加するだけの情熱こそないが、この手の書は時に心を穏やかにしてくれた。

漠然とした不安も和らげてくれた。

多分、抵抗感は少ない方だ。

そんな私ですら、何か違うと感じずにはいられない。

この人の言葉に耳を傾けても良いのか?、と。

それでも、ごく一握りではあるが、この人が翻訳されたものは目を通しても良いかも…と感じた人はいる。

良い意味で地に足が着いていて、その言葉に妙なカリスマ性がない。

矢鱈と世間(主にオンライン上と思われる)を騒がせる人よりも言葉が受け容れやすく、表立ってセミナー等を開かれない点にも好感が持てる。

もし新たに手を伸ばすとすれば、彼が関わった一冊になるだろう。

現時点では予定がないが。

さて、ある種のスピリチュアルブームに寒気を覚えた私は、何故自分がその手の書を扱う売場に足を運ぶのかを考えている。

漠然とした不安。

これが全てであり、少なくとも売場に行けば心は軽くなる。

心地好い空気は流れているのだろう。

一方で、拭い切れない不信感がある。

眉唾物では?といった思い。

いや、半数以上がそうじゃないだろうか。

著者本人は自分を疑うことはないだろうし、出版社も同様。

本気で「伝えるべき内容」と考えているだろうし、それに縋る人も多い。

そういう時代、と言われればそれまでだが、つい数年前までは「他人には話せない」世界だった筈だ。

精神世界に興味があります…などと挨拶した日には要注意人物の烙印を押されかねないし、単なる好奇心だと言っても理解されないだろう。

今でも現実社会では口にするべきではないかもしれない。

けれど、オンラインでセミナー等の告知がされ、主催者がいつしか祭り上げられ、カリスマブロガーと呼ばれる人のブログには信者が集まり、それこそ教組(!)の言葉に振り回され…。

そんな光景を見て、寒気がする私がおかしいのだろうか。

世も末、と危惧することは考え過ぎだろうか。

何れにせよ、今の私は恐くてスピリチュアル系の書物は買えそうにない。

先ずは自身に問いかけ、この違和感の正体を解明しておきたい。

答えなど存在しないかもしれないが。

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