原作の世界観。

若かりし頃、勢いだけで小説を読むことが出来た。

その大半は内容すら忘れているが、それでも結構な数を読んでいた筈だ。

ところが、今はどうだ?

読むべき書は沢山あれど、栞を挟んだままの状態で放置された本なら幾らもある。

専門書ならまだしも、小説ですらこの有様だ。

気力が失われたのか、はたまた作品そのものの魅力が薄いのか。

そんな中、電子書籍で読み直した作品の一つに「家族ゲーム」がある。

人間の記憶は曖昧で、概ね覚えていたつもりが、見事に違っていた。

作品そのものは非常に興味深く、当時上映されていた映画もこの雰囲気をしっかり踏襲していたのだろうと思うと、改めて見たいと思った。(まだ見ていない)

一方で、ドラマ化された方の映像には全くといっていいほど興味がなく、その原因の一つに「原作とは名ばかり」の状態がどうにも解せないといった一読者の嘆きがある。

本来この作品の主人公は「ぼく」であり、「家庭教師」ではない。

優等生だった「ぼく」の視点を通して描かれた家族像は辛うじてバランスを保っているものの、それこそ何か切っ掛けがあればいとも簡単に崩壊してしまう危険性を孕んでいる。

一見、家庭教師によって破壊されたように見えて、結果的には何一つ変わっていない現実。

いや、何一つ変えられなかった現実というべきか。

唯一の救いが「ぼく」の存在で、作品には描かれていないものの、遠い将来、「ぼく」こそがキーパーソンとなりうることを作品のラストで匂わせている。

小説としては非常に魅力的だが、いざ映像化となると大幅な設定変更が必要なのはわかる。

わかるのだが、作品そのものを冒涜しているとしか思えない「改竄」に憤るのは一握りの読者だけなのだろう。

ここから先は推測だが、ドラマを見て「続編を!」と叫ぶ人の多くは原作を読むことなく、ドラマの世界観に酔っているのだろう。

せめて原作の世界観に触れてくれたなら…とかつての読者は思うのだが。